湊川神社の魅力あれこれ

 


湊川神社は、私の好きな所のひとつです。元旦、仕事を終えてからの初詣から始まり、季節を問わず、用事があってもなくても境内を通り抜け、
緑陰のベンチでゆったりと時間を過ごします。
神社の正門の東側に大きな木があります。オリーブによく似た実を付ける《ホルトの木》です。
゛ポルトガルによく生えているオリーブによく似ている木゛が名前の語源とも言われています。

さぁ、正門をくぐりましよう。左手にある木が、日本最古といわれているオリーブの木です。
明治初期の旧国営「神戸オリーブ園」で栽培されていた600本の内の一本です。
樹齢130年を越えた、高さ約13メートルの大木は、明治・大正・昭和・平成と時代を見つめてきました。
数年前、かなり高齢の方からー戦前に神社の前にあった石の鳥居は今どうなっていますか?ーと聞かれたことがありました。
正門の前の広い道路、多聞通(たもんどおり、楠木正成の幼名に因む)に面して、゛湊川神社゛と彫られた高さ5メートル位の円柱の社号標があります。これが、当時としてはかなり巨大だったであろう、石の鳥居の一部です。
この鳥居は、オブラートを発明したり、満鉄事業に参加し゛満鉄太郎゛の名を馳せた実業家山下太郎が、昭和12年12月に寄贈したものです。
山下太郎は、湊川神社に祀らている楠木正成の末裔にあたり、昭和12年5月25日に結成された楠木同族会の会長もされてます。
この鳥居は、昭和13年8月に突然倒壊してしまったそうです。残されている資料がないので定かではありませんが、この辺りは地下に水が流れていたので、おそらく大鳥居の重みに地盤が耐えられなかったのでは、といわれています。
神戸の人は親しみをこめて゛楠公さん゛と呼んでいる湊川神社。創建されたのは、神戸開港の五年後のことです。
湊川の戦いで敗れ、正成たちが戦死した5月25日には、毎年「楠公祭」が行われています。ひと昔前には、この日に袷(あわせ)の着物から夏用の一重に衣替えをしたそうです。
暮らしの中で生きている社ー「楠公さん」です。

2013-5-24

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