神奈川県生まれの作家、太田治子さんが神戸に来られたのは、大型台風がやって来るという前の日でした。
HAT神戸にある施設から、翌日は長田の図書館、3日目は六甲山の山懐に、と嵐を縫いながらの講演会も含め、3日間で約220人の方々がお話に耳を傾けられました。
太田さんは、「湘南幻想美術館」-湘南の名画から紡ぐストーリー-という本を出されたばかりで、この本の中の作品を朗読をされる、という場面もありました。
幼い時から、「泰西名画集」が遊び相手だったという太田さんは、美術番組の草分けで現在も根強い人気の、NHKの「日曜美術館」の初代アシスタントを3年間務められています。
湘南にある美術館の名画から、太田さんが気ままに空想して紡がれたストーリーが収められている美しい本には、「世界の名画のささやく声は、その絵を最も愛する治子さんの耳だけに聞こえる。」という瀬戸内寂聴さんの愛情あふれる言葉が、帯で寄せられています。
一書くことがこんなに楽しくてよいのだろうか。毎回、空想のお話を書きながら、私はその幸福感に包まれていた。
と前書きに書かれています。
神戸滞在最後の日に、須磨浦公園をご案内しました。
「須磨の海」という浅井忠の作品の、描かれた場所に行ってみたい、という太田さんのご希望でした。
目の前に淡路島を望み、畿内の西の端である山並みが鋭く海に落ち込んでいる”絵の中の風景”を、感慨深くいつまでも眺めてられる太田さんには、浅井忠の絵の中に描かれている帆掛け船が見えていたのかもしれません。
私もまた、この太田さんの幸せそうな後ろ姿を、いつまでも眺めていたい、と思いました。