高齢者のがん医療

2025年には、団塊の世代が75歳を迎え、後期高齢者が急速に増加します。既に、がんの平均発症年齢が60歳を超え、がん死の85%が65歳以上になっています。このように、がん患者の多くは高齢者ですが、高齢者の身体の状態には個人差が大きく、現時点で高齢のがん患者を対象とした診療ガイドラインはありません。

日本がんサポーティブケア学会理事長の田村和夫氏は、超高齢化社会を迎えた日本における「高齢者がん医療Q&A」をまとめられたので、その一部を紹介させていただきます。

がん患者における高齢者は、胃がんや肺がんなどの固形がんでは65歳以上、白血病では60歳以上を高齢者と定義します。さらに、65歳~75歳を前期高齢者(心身機能の低下が徐々に進行)、75歳~89歳を後期高齢者(機能低下が著明になり、ADLの低下、老年症候群を来す)、90歳以上を超高齢者(心身機能の低下が顕著に表れる)と分類されます。

高齢がん患者の特徴は、寿命が短い、様々な併存疾患を有し、多種類の薬剤を服用している、生理学的な機能が低下している、認知機能に制限がある、社会的経済的に制限がある、個人差が極めて大きいことなどで、高齢者ほど個別化医療が必要です。

高齢がん患者の治療に対する効果は、全身状態が良好であれば、非高齢者と同様の治療を受けることが出来て、同様の治療効果が望めますが、合併症や有害事象は増加します。がん薬物療法では、骨髄抑制や粘膜傷害が多くなります。外科手術では、合併症や死亡率が年齢とともに上昇し、せん妄の発症率が高くなります。放射線治療では、照射技術の進歩もあり、有害事象は非高齢者と差はありませんが、急性期反応(疲労感、貧血、皮膚炎、粘膜炎など)の回復が遅延します。

高齢がん患者さんに、侵襲的な検査やがん治療を実施するかどうかを判断するための全人的な評価法として、高齢者総合機能評価(CGA)があります。CGAとは、高齢者の状態について、医学的評価だけでなく、生活機能、精神機能、社会環境(生活環境や介護環境、家族や友人などの人間関係)の3つの面から総合的に捉えて評価するものです。高齢者はがん以外の疾患を併発していたり、ADL(日常生活動作:食事やトイレ、入浴や整容、移動など、日常生活の中でごく当たり前に行っている習慣的行動)が低下していたりすることが多く、総合的な医療が必要です。CGAにより、成人と同様の標準治療が受けられる状態(fit)、がん治療が出来ない状態(frail)、強度を弱めたがん治療が可能な状態(vulnerable)の3つに区分されます。

高齢者のがん医療における基本的な考え方として、以下のことが述べられています。

  • 治療意欲が無い患者、ならびに意思決定能力があり治療を拒否する患者には、がん治療は実施しない。また、支持・緩和医療の内容と強度についても、どのレベルまで実施するか、患者・家族と協議する。
  • 年齢を問わず、標準的ながん治療の適応があり、実施できる患者(fit)には、適正な医療を実施する。そのためには、地域の医療機関を巻き込んだチーム医療が機能することが求められる。
  • がん治療の適応があるが、標準的な治療が難しい患者(vulnerable)には、副作用の少ない治療薬や、低侵襲な手術、治療強度(投与量や照射線量など)の軽減を行い、抗がん効果と有害事象のバランスをとる。また、治療開始から、積極的に支持・緩和医療を実施する。
  • がん治療の困難な患者(frail)には、保存的医療を行う。支持・緩和医療による有害事象を避け、死期が迫った患者においては、過剰治療を避ける。

がん医療に携わる医師は、習性としてがんの完治目指す、完治が難しい段階では症状緩和と延命を目指します。一方、すでに余命が少なく、加齢と併存症により心身に問題を抱える高齢者と捉えて、がん患者を評価しケアすることに慣れていません。これからの高齢者のがん医療は、診断がついた時から、がん診療と支持医療・介護との密接な連携が求められます。がん患者を全人的に見るという視点が、高齢がん患者の臨床に求められています。